大学院で博士号とって、高知高専准教授になって2年目。
記者時代から集落地名研究を続けていたのは知っていて、
いつか私の実家界隈の「字(あざ)」についてなど話を聞いてみたいなぁと興味を持っていました。
その彼から
「楠瀬研究室(地域資料情報研究室)の学生4名を引き連れて、
蕨野の屋号や昭和の暮らしの聞き取り調査をしたい」
と連絡が来た!
香美市文化財保存活用計画の関係で調査ができることになったとのこと。
楠「蕨野の古老の方で、昔のくらしについて話してくれる方いらっしゃいますでしょうか?」
私 「古老・・・・うちんくの父親が91歳やけど、どう?」
楠「91歳、すごい!それは絶対話を聞いておかねば!」
話はシュッとまとまり、連絡のあった翌週に彼らはやってきたのでした。
ざっくりと集落を一巡りご案内。
農作業に欠かせない主な水路、対岸の集落とをつなぐ「昔のメインストリート」、
氏神様への道、点在する祠などなど。
日陰を探して避難しとうなるばぁ日差しが強く気温も高い日でしたが、
うちんくの蔵と母屋の間は、真夏でも防風林と水路をこして吹く風が心地よく、こじゃんと涼しい極楽エリア。
ここで、じっくり2時間にわたって父と母からの聞き取り調査が行われたのでした。
生まれてから大人になるまでの歴史、
どこでどんな遊びをしていた?
川では何が採れた?
畑では何を作ってた?
100人が暮らしていた当時どんな店があった?
娯楽はあった?
父が大昔の記憶を一生懸命手繰り寄せながら「自分史」と「集落史」を訥々と語る。
その話の中でも「戦中戦後」について聞くことは初めてやったので驚いた。
これまで誰が尋ねても決して口を開かず、思い出すのは辛いからと頑なに沈黙していた父が、
10歳の時に戦死した父親と、最後の別れとなる切なすぎるエピソードを話し始め、
立ち会っていた私と妹は思わず目を見合わせて驚き、泣きそうになってしもうたのでした。
調査内容のレポートが仕上がったら、我が家のお宝になりそうです。
学生たちが各自持っていた『大福帳』。
大正時代頃までの商家などで、売買や掛け売り(ツケ)の記録、
顧客ごとの取引履歴などを詳細に書き込む、商売の最も重要な書類のこと。
ほんで、彼らがなんで持っちゅうが????
楠「調査の記録をデジタルに記憶させるがは禁止しちゅうがです。
ちゃんと自分の手で書き留めよと指導してます」
楠瀬研究室にきた学生は、まず大福帳を手作りするのだとか。
えいや〜ん、デジタルやのうて、アナログな記録に好感❤️
なんだか清々しい気持ちにもなりました。
最後に集落のビューポイントにご案内。
ここで紡がれた集落の記憶、さて、読むのが楽しみなちや。
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