生後すぐに「脂漏性湿疹」とかで顔にブツブツが出始め、
3ヶ月過ぎには「アトピー性湿疹」という聞きなれない診断。
症状はまぁまぁひどく、首や手首足首などは火傷のようにただれ、
頭皮もガサガサで髪の毛はごっそり抜けて小児アデランスを紹介されるほど。
「可愛い赤ちゃん」のはずがベビーカーを覗き込んだ人がみんな一様に哀れみの視線を寄せる、
そんな「痛々しい赤ちゃん」なのでした。
当時アトピー外来があるのは西日本では高知医科大付属病院だけでした。
ちょっと待て!
私は(当時)北九州暮らしだ!!
なんてこった、定期的な診察を受けるために毎月高知に通わんといかんなった!
けんど嬉しい、毎月高知に帰れる♫
高知医大で義務付けられたのは、毎日の食事と授乳の記録でした。
まだ授乳期間だったので「私が」何時に何を食べたのか、
その後何時に授乳し、「赤ちゃんに」どんな症状が出たのか。
とんでもない宿題に向き合うことに、ものすごいストレスを感じたのでこりゃいかんと。
いっそ「しんどい記録」を「楽しい子育て絵日記」にして楽しもうと、
前向きに気持ちを切り替えるしかなかったのでした。
というわけで、生後3ヶ月からアトピー完治後(私の食事制限が功を奏した!)も続けて約5年、
日々の疲れや子育てストレス解消を兼ねて「絵日記」を記してました。
子ども達が寝静まった夜、
ノートを開くと不思議と辛かったことより嬉しかったことを綴りたくなる。
我が子の発した言葉や可愛い振る舞いを記録する時間が何よりの癒しでした。
33年前の日記には漬物大根引きの日のことが。

当時息子は3歳半、おばあちゃん(私の母)の物言いをすんぐに真似ておしゃべりするのが得意でした。
母が息子に言った通りのことを全く同じ口調で私に伝える様子に、
みんながひっくり返って笑い転げいたのも懐かしい。
母は孫が何か言うたびに、その言葉の成長をほめたくて
「ま〜、◯◯らぁ言うこと、どこで覚えた?」
と驚いた風で反応しよったがです。
すると、農作業を張り切る孫に母が
「お〜の助かるよ」と声をかけたところ、
「ま〜おばぁちゃん、助かるらぁゆうこと どこで覚えた?」
とやり返された時の可笑しさといったらww

こんな日記をたまに振り返って、
親バカ気分も反芻。
親バカ気分の暴走を止めつつ、
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