昭和30年代生まれの私の世代からしたら、
一番バラエティ番組に親しむ年代に『ぴったしカン・カン』があり、
一番音楽に親しむ年代に『ザ・ベストテン』が王者の如く君臨。
そして第一子がお腹にいる頃に始まった『ニュースステーション』。
ずーーーーっと久米宏さんの番組に親しんできました。
忘れもしないのが「学芸高校の上海列車事故」のニュース報道でした。
事故発生1988年3月24日当時、私たちは北九州市で暮らしていました。
遠く離れた出身地の、義姉出身校の、海外修学旅行で起きた大事故の一報は衝撃的なものでした。
各局が大きく伝えるニュースだったのですが、ほとんどがスタジオで原稿を読み上げるものでした。
ところがニュースステーションでは、様々な情報をかき集めた上で、
「より視聴者に伝わりやすいように」との工夫であったと思いますが、
翌日か翌々日、要するに早い時期に、
スタジオにジオラマで事故現場を再現して詳細をわかりやすく伝えてくれたことが、
40年近く経った今も鮮明な記憶として残っています。
「事故があったのは中国のこの位置です」
「列車はこの方向に走っていました」
「この車両には◯人の生徒が乗っていました」
ジオラマを元に徹底的に「見える化」を行なってくれたのです。
「ニュースを見る側に立って伝える」という久米さんの確固たる意思。
私は見る側として「なんてわかりやすいニュースの伝え方なんだ!」と深く記憶に刻んだのでした。
その後、ファシリテーションという役割を担うことになった私にとって、
この時受けた印象は少なからず「わかりやすく伝える」ことに影響しているという自覚があります。
久米宏さん、たくさんの「楽しい」と「示唆」をありがとうございました。
心よりご冥福をお祈りいたします。
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